遊園地には何度も行ったことあったし、瑛君と行った事だってある。まあ、それははるひちゃんとハリーと私達の4人で、ってのもあれば2人っきりでデートに行った事だってある。でも問題はそこじゃないんだ。
今までのデートは私達が友達だったころのデート。デートじゃなくって、遊びと言ったほうが正しいかもしれない。だから付き合いたての私達の初デートが明日。今までとは訳が違うんだ。
お風呂はいつもより長めに入ったし念入りに洗った。その後のお手入れだって忘れない。ふと、私って恋する女の子みたいだな、なんて考えが脳裏に湧き出て笑いがこみ上げてくる。いや、実際に恋する少女なんだけれども。
私が恋する少女、なんて自覚がないのは瑛君が"お父さん"ぶっているからなんだけど。
大体付き合い始めた時点でやめると思ったのに。照れくさいからだの何だの行って”親子”っていう感じから抜け出せない。しょうがないから私もワザと”お父さん”って言ってあげてるけど。でもそれも明日で終わりにしなきゃ。だって、花の高校生カップルが親子ごっこはないでしょ?
と、まあ一人で前夜祭的なものをすませると、意気込みペットボトルに入ったジュースをコップに注いだ。それを飲み干すと寝る前にパックをしとこう、と思い鏡台へ向かった。今更お手入れなんてしても明日には綺麗に変身、なんて無理だけど。でも気分くらい、綺麗になりたいもの。



「よし、今日は全然余裕だなー」

私は準備をおえて荷物を置くとソファに座り一息ついた。前に遊園地に行ったときははるひちゃんとハリーも一緒でWデートだった。そのときに私は遅刻をしてしまったのだ。
相手がハリーでよかった、言うと言い方が悪いかも。でもその時私は誰が来るかを聞かされていなかったから、もしも知らない人だったら第一印象はきっと最悪だっただろうな。
本当に相手がハリーと瑛君で良かった、とつくづく思う。



ー!そろそろ時間じゃないの?」
「えっもうそんな時間なの?!お母さんありがとう!」
「はいはい、瑛君待たせちゃダメよ」
「うん!いってきまーす!」
「いってらっしゃい、気をつけてね」

お母さんは私と瑛君の関係を知っている。瑛君が前に家に来たときにあいさつをしたのだ。(しかも私にはくれたことがない超豪華な手土産つき!)
その時の瑛君の実に好青年な態度にお母さんはまんまとやられてしまった訳だ。
まったく、親子そろって好みが似てるなんて、なんなのか。

「お父さんも、いってきます!」
「ああ、なるべく早く帰ってきなさい」
「はーい。わかってるって」
「それと…瑛君によろしく」
「…!う、うんっ、わかった!いってきまーす!」

お父さんだって瑛君のこと嫌ってるわけじゃない。むしろ好きなんだとも思う。でもやっぱり一人娘の彼氏というポジションは複雑なんだな、と考えながら玄関まで小走りで向かった。



私は荷物を置いてお気に入りの白いサンダルを履くと、薄いピンクの小さめのバッグを掴んで家を出た。
久しぶりの遊園地に胸を躍らせながらスキップをしそうな勢いで歩き出した。少し歩いたところでバッグが小刻みに震え始めた。急に震えたので少し吃驚したが、その原因が携帯だとすぐに分かってバッグの中のポケットに手を入れて携帯をとった。携帯のディスプレイを見ると電話がかかっていて、その相手が瑛君だと分かるとすぐに開いて通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『あ……?お、俺……佐伯…』
「て、瑛君?!大丈夫?!すごい声だよ!」
『わ、悪い、熱でて…今日行けそうにない……』
「えっ、熱?!わ、わかった……」
『ほんと、連絡遅くなって……ごめん……』
「ううん!!いいよ、早くねなよ!」
『ああ……そうする……』
「うん、じゃあお大事にね!」
『ん……』

すごい声だったけど本当に大丈夫なのかな?熱もでてるって言ってたし、やっぱりこの間頑張りすぎたんだ……。
この間というのは、期末テストの事で、俺たちが恋人同士になっても俺は優等生やめないから。現は抜かさないのが俺のモットーだから。と瑛君が言って三徹した結果だ。三日間徹夜なんて無茶がありすぎる。そのうえ家の……珊瑚礁の手伝いもしてるんだから。ちょっとは頼ってくれたってよかったのに。そんなに私って頼りないのかな?
まあ結果が一位で本人は満足してたみたいだけど、夏休み一日目からこんなのじゃ先が思いやられるよ……。

「ああ〜っ!心配だなあ……」

一度心配するとものすごく心配になってきた。今日は珊瑚礁お休みなのかな?おじいさんは今日家に居るのかな?ちゃんと寝てるかな?ちゃんとご飯食べてるかな?
……行ってもいいかな。い、いいよね、彼女なんだし。心配だし、今日暇になっちゃったし……。って何自分に言い訳してるんだろう……。瑛君の事だから大丈夫だとは思うけど、なんて意地張りながらも最寄のスーパーに向かって足を進めた。



「よしっ、一応お見舞いの分も買ったし準備万端?」

私は誰に言うでもなく一人呟いて拳を握り締めた。瑛君の性格を理解した上で一応昼ごはんの分も買っておいた。(ちゃっかり自分の分も買ったことは言わないでおこう)


いつも行っている珊瑚礁への道を行くと瑛君の家が見えてきた。私は吃驚させてやろうとワザと連絡を取らずに瑛君の家の玄関の前まで来た。
私は荷物を持っていないほうの手でインターホンを押すと、込み上げてくる笑いを我慢して声を作った。

『はい……?』
「こんにちはー、宅急便でーす」
『宅急便……?ちょっと、待っててください』
「かしこまりましたー」

私はインターホンから少しはなれて思わず噴出してしまった。瑛君はどんな反応するかな?などと考えながら静かに待っていると廊下をパタパタと走ってくる音が聞こえた。その後すぐに鍵を開ける音が聞こえて瑛君の姿が視界に入った。

「お待たせしまし、た……?」
「どうもっ!可愛い彼女をお届けに参りましたっ!」
「なっ、えっ?おま、何やってんの?」
「ぶっふー!最高の反応ありがとう!お見舞いにやってきました」
「お見舞いって、お前まで風邪ひいたら元も子もないだろ?!」
「大丈夫!私は風邪をひきません!何故なら……」
「な、何故なら……?」
「夏風邪は馬鹿しかひかないから!」

私が得意げにそう答えると瑛君は満面の笑みで私の頬をつねってきた。それも全力で。

「いひゃいいひゃい〜!!ごめんっへば〜!」
「ホントに反省してんのか!」
「してまふ〜!」

瑛君はパッと頬を離すとリビングに向かって踵をかえそうとした。

「ちょっと、瑛君はこっち」
「いや、だって……」
「こっち」
「……はい」

私が二階の瑛君の部屋を指差すと渋々ながらに階段を上って行った。瑛君がちゃんと部屋に入ったのを確認した後、私は失礼します、と呟いてこの家の台所へ向かった。
とりあえず買ってきた荷物を置かせてもらってさっき寄ってきたスーパーの袋から冷却シートを取り出した。そしてまだ十分に冷えていることを確認すると急ぎ足で瑛君の部屋に行くため階段を上った。



「瑛くーん?あ、寝てる……」

子供のようなあどけない寝顔をしている瑛君をベッドの脇から覗き込んで少し微笑んだ後、右手に持っていた冷却シートを瑛君の額にそっと置いた。少し冷たかったのか身動ぎをした後、すぐに瑛君は規則正しい寝息を掻きはじめた。

「……よっぽど、疲れてるんだろうなあ」
「…………ん、」

いつもなら絶対に見せないであろう無防備な頬を人差し指でつついて私は溜息を一つついた。
疲れないのだろうか。学校でも優等生を演じて、家でも(おじいさんの前は別か、)いい子を演じる瑛君。そこに本当の瑛君は居るんだろうか?

「私の前の瑛君だけが……本物だったらいいのに……」

ぽそりと呟いた言葉に自分でも思わず顔がしかめる。なんて自分勝手なんだろう。私は本当に瑛君の癒しになっている?……むしろ迷惑をかけていることのほうが多いかもしれない。そんな私がこんなことを言う資格なんてない。瑛君を独り占めしようだなんて、私最低だ。

「ごめんな……」
「えっ……?」

ベッドに埋めていた顔を勢いよく上げるとそこには苦しそうな、申し訳なさそうな瑛君の顔があった。

「な、なんで?何で瑛君が謝るの?謝らなきゃいけないのは私なのに……」
「ははっ、それこそ……何でだよ。俺、謝られるようなことされてない」
「してるよ!今日だって……、私っ、む、無理矢理来ちゃって……!めっ、迷惑に、なるって…分かってたのに……」
「……泣くなよ」
「だって………」

子供のように泣きじゃくる私に、瑛君は優しく頭を撫でてくれた。その手は優しくて、思わず目を細めて眠ってしまいそうなほどだった。

「迷惑なんかじゃないよ。俺さ、風邪ひいたときはいつも一人だったんだよ。親父もお袋も仕事があったし、じいさんだって店があった。だからいつも心細かったんだ。でも、もう大丈夫だな」
「瑛君……?」

私の涙がいっぱい溜まっている瞳では瑛君の顔が滲んでよく見えなかったけど、瑛君はとっても、優しく微笑んでくれていた。そして、右手で私を瑛君のほうに引き寄せると思いっきり抱きしめて耳元で小さく呟いた。

「だって、これからはお前が居るだろ?」

私は次から次に溢れてくる涙をとめることもできず、ただ大きく頷いていた。私が抱きしめ返す力を強めると、瑛君も力いっぱい抱きしめ返してくれた。私は何だかそれが嬉しくって、ずっと、力いっぱい抱きしめていた。

「瑛君、すき……」
「ん……、俺も、好き」
「瑛君、だいすき!」
「俺も、大好き……」

何度かそのやり取りを繰り返した後、どちらからともなく唇を近づけた。数秒で離れた唇からは、すごく熱を感じられて瑛君、まだ熱あるんだな、と思っていた。

「……うつるぞ、
「言ったでしょ、うつらないって」
「ほんとかよ」
「もちろんっ!」

二人で顔を見合わせて笑い合うと、またキスをして抱きしめあった。このまま溶け合ってしまいそうで、頭の奥でああ、それもいいかも、なんて事を考えていた。

「たまには、風邪ひくのもいいかもな……」
「えっ?」

瑛君が何か呟いたのを小首をかしげて聞き返した。瑛君は少し照れくさそうな顔をした後、一点の曇りもない笑顔で私に言ってくれた。


「何か、素直になれるからさ」





王子様の素顔





(結局その後風邪をひいてお見舞いに来た瑛君に笑われたことは、内緒)
(奈乃華のみお持ち帰り可です!)