夏休みが始まって2週間ぐらいたって、そろそろ本気で宿題を潰していかないといけないなー、なんて思いながらアイスを食べに冷凍庫を開けたとき、その悲劇は起こってしまった。……アイスがなくなっている。あたしは食べたであろうお父さんの顔を思い浮かべながら盛大に溜息を吐いた。畜生、買いに行かなきゃ駄目か。コンビニに行ってくるとお母さんに一応声を掛けてから一端部屋に戻って一応部屋着からちょっとした服に着替えた。流石にそこまでお洒落はしないけどもしクラスメートに会ったときにジャージだったら少し気まずいな、と思い薄いピンク色で小花が散っているワンピースを被った。ワンピースは着るのも脱ぐのも楽だからこういうときには一番便利だな、としみじみ感じながら部屋の隅にある小さめの鞄を掴んで小走りで玄関まで行った。今日も熱いかなー、暑いよなー、嫌だなー、と思いながら白のサンダルを履いて扉を開けるとギンギンの太陽が思いっきり照りつけてきた。早く涼しいコンビニに行きたいので少し早あるきでコンビニまでの道を行く。暑い道のりをやってきたのでコンビニの扉を開けるとひんやりとした心地のよい風が全身を包んだ。ここに来るまでにかいた汗も一気に引いたような感じがして少し顔が綻んだ。家よりも涼しいそこはあたしにとって天国以外の何ものでもなくて、もう少し涼んでいこうと雑誌コーナーまで行って適当な本を選んで適当に読んでいた。いつもは買わないようなファッション雑誌でこれ欲しいなー、とか思いながら読み進めていた。もう何もかも忘れてここに居たいよ。少し広くスペースを取りすぎていたみたいであたしと隣のおじさんの間に入れない人がいたのですいません、と一言言って左にずれる。あたしとおじさんの間に入ってきた人が本をとろうとした右手を急に止めた。何かあったのかと思いちらり、とその方向に目を向けるとそこにはクラスメートの猿飛がいた。 「あっ、猿飛じゃん」 「やっぱりだったー!俺様大正解」 「へー、久しぶりー」 「そうだねー、2週間ぶりくらい?」 「うんうん、猿飛焼けたねー」 「毎日遊んでるから」 「幸村と?」 「あたりー」 そんな他愛もない話をきゃいきゃいとしていると幸村と猿飛、という言葉が何か引っ掛かった。幸村と猿飛…幸村と猿飛…… 「あ!」 「うお、びっくりしたー。どしたのさ」 「思い出したー!そういえば終業式の日さっさと帰ったでしょ!」 「え?うん」 「あの日掃除当番あたしと猿飛だったのに!」 「え、そうなの?」 「そうだよ、幸村とさっさと帰っちゃってさ。あたしあの広い教室をひーとーりーで掃除したんだよ」 「うわ、そりゃ悪い!俺様反省してます……」 「ほんとに反省してる?」 「してるしてる。あ、お詫びにアイス奢るよ」 「え?!ほんと?!じゃあ許してあげる!」 「何がいい?」 「ハーゲンダッツのストロベリー!」 「はガリガリ君と」 へへー、と笑いながらケースの中からガリガリ君を2つ取る。ちぇ、自分が聞いたくせに。と思いながらも奢ってもらうんだから贅沢は言えないよな、と自分に言い聞かせてレジへ向かう猿飛を追いかけていった。猿飛がお金を払ってるときに猿飛の少し右側によってアイスを見る。 「ねーねー、あたしこっちの期間限定のほうね」 「え、何言ってんの?そっち俺様ー」 「駄目ー!大体これはあたしへのお詫びでしょー?」 「だって俺様だって食べたいんだもん」 「かわいこぶっても駄目ー」 「なんだよバカー」 「なによ、エロ飛」 「ちょ、なんでそーなるんだよ!」 「事実でしょーが!」 ぎゃーぎゃー言い合いをしてる間に既に会計は終わってて、レジのおばさんがくすくすと笑ってこっちを見ていた。は、と気付いたあたしは猿飛を肘で小さくつつくと猿飛もやっとわかってくれて、ははは、と愛想笑いを振りまいた。胡散臭いなあ、もう。おばさんはそんな様子を見て又少し笑うと可愛い彼女さんですね、と猿飛に向かっていった。え、彼女ってあたし?あたしが何も言えず黙って猿飛の方を見ていると猿飛はまたははは、と笑ってアイスの入った袋を受け取った。少し気まずくなってしまった空気には合わない、店員の明るいありがとうございましたーという挨拶をバックミュージックにしながらコンビニを出た。蝉の音が酷くて頭が痛くなりそうだな、とか思ってたら頬に冷たいものが急に当たった。 「ふぎゃぁっ!」 「色気のない声出すねー、はい」 「あ、ありがと……」 猿飛に手渡された冷たいアイスの袋を破ると少し溶けかけたアイスキャンディーが出てきた。近くの公園で食べるか、という猿飛の問いかけにアイスを頬張ったままコクリと頷いた。顔が熱いのは太陽が照り付けていているからなんだ、きっと。決して猿飛がかっこよく見えるからじゃない。そうだよ、うん……。 「なあ、ー」 「んー?」 「彼氏とはこの頃どうですかー?」 「ぶっ!か、彼氏?!誰それ?!」 「え?誰って……伊達の旦那」 「はいぃ?!なんであたしが伊達と付き合うことになってるの?」 「え、違うの?」 「全然!もう違うも違う。伊達とか同じ委員会って以外接点ないし」 「じゃあガセかあ」 「もうー、吃驚するよ。それにあたしの好きな人は……」 「…………好きな人は?」 あれ、あたし今声に出してた?しかもその後、あたしなんて言おうとした?……猿飛、って言おうとしたんだ。ずっと意地張って好きじゃないつもりだった。じゃあ、なんで今彼氏とどう?って聞かれて悲しかったんだろう。なんでガセかあ、って笑ったとき嬉しかったんだろう。なんでこんなに、顔が熱いんだろう。猿飛は食べ終わったアイスの棒を握り締めてあたしの顔を真剣な眼差しで見つめてる。答えなきゃ駄目、って分かってても、怖い。猿飛があたしの事好きじゃなかったら、もうこんな風にふざけあうことだって、一緒に話すこともできなくなっちゃう。そんなの、嫌だ。あたし、今のままでいい。話せなくなっちゃうくらいなら友達のままで十分、だよ。 「い、いない、から……」 「え?」 「あたし、好きな人いないからっ!」 「……ふーんそうなんだ。」 「う、うん。そうなの」 「残念だな、俺の事好きなのに」 「うん…………えっ?!」 「鈍いねー、俺様告白しちゃってんのに」 あたしが猿飛の方を思いっきり見返したら少し悲しそうに笑ってた。どうしよう、でもいまさら遅いよ。今からあたしも猿飛のこと好き、って言ったって、ただの軽い女じゃん。なんで素直にならなかったんだろう。嫌だ、こんな自分が……嫌だ。 「……なんで泣いてんの?」 「……ふっ、ぅえ、……っ」 「……そんなに泣くほど俺様のこと嫌い?」 「ち、が……すき、すきだよぉ!!!」 「やっぱりね」 ……え?ぐしゃぐしゃに泣きながら俯いていたあたしはゆっくりと猿飛の方を向いた。さっきまでの悲しそうな顔の猿飛はどこにもいなくて、そのかわり整った顔で満面の笑みの猿飛だけがいた。え、え? 「さる、とび?」 「いやー伊達の旦那の言うとおり!押して駄目なら引いてみろ、ってね」 「……え?……猿飛?」 「ん、なに?」 「い、今のって……」 「あー、ごめんごめん。こうでもしなきゃ素直にならないじゃん」 「え、じゃあ……」 「うん、作戦です。いやー、ほんとに俺の事好きだったなんて嬉しいなー」 「さっ……」 「え?」 「猿飛ーーー!!」 あたしが真っ赤な顔で猿飛に向かって叫ぶと、猿飛は嬉しそうな顔でいやー、嬉しいなー!とかいってる。心なしか猿飛の顔も赤い気がしてちょっと嬉しくなったり。さっきまで熱かった顔が、更に熱を帯びていてもう倒れる寸前かもしれない、って本気で思った。猿飛はまだニコニコ笑ってて、今にも踊りだしそうだ。……あたしも踊りだしそうなくらい嬉しいなんて、そんなことは恥ずかしくて言えないけど。急に猿飛が走り出してついて来い、って言うから猿飛の脚力にはかなわないけど、猿飛を見失わないようにあたしなりに全力疾走した。常にあたしのちょっと先を走って、ちゃんとついてきてるか度々後ろを振り向いてくれる。それが嬉しくって、目が合うたび恥ずかしくって、何も考えれなくなるくらい走った。 「……へ、ここ?」 5分もたたずに着いた場所はさっきのコンビニで。猿飛が急かすようにコンビニの中で手招きをする。やっぱり猿飛は足早いなあ、とか思いながらゆっくりと涼しいコンビニの中に入る。と同時にあたしの目の前にずしっとした袋があって、あたしが目をぱちくりさせながら猿飛と袋を交互に見つめると猿飛はやっぱりあのかっこいい笑顔で『誕生日、おめでとう』っていった。 「え、え?なんで知って……」 「俺様のリサーチ力をなめるなよー」 「それに、これ……」 「うん、ハーゲンダッツのストロベリー!好きなだけ食べれるよ」 あたしがさっき欲しいっていったから、こんなに沢山買ってくれたんだ。ちらり、とアイスが元あった棚を見てみるとストロベリーの段だけ空っぽで、あれ全部買ってくれたんだなあ、って思ったら嬉しすぎて涙が出そうになった。だから、俯いて泣き顔が見えないようにした。あたしが黙ったから嬉しくなかったかと思ったのか猿飛が罰の悪そうな声を出してぼそぼそと呟いた。 「ごめん、俺と付き合えるとか思ってなかったから、何にも用意してなくって……こんなもので」 「……馬鹿、こんなに一人じゃ食べれ、ないよ」 「だ、だよね!俺様失敗ー……」 「で、でも」 「ん?」 「二人でなら、食べれるかもしれない」 「…………え?」 「だから……だから、あたしの家に来て一緒に食べませんか……?」 あたしが零れそうな涙を抑えて精一杯の笑顔を浮かべて言うと猿飛はほんとに嬉しそうに笑ってあたしに思いっきり抱きしめてきた。あたしも嬉しくってつい抱きしめ返した後、ここがコンビニの中だってことを思い出した。昼からコンビニの中でドラマをしてしまったあたし達は店員とお客さんの拍手の嵐の中二人で顔を見合わせて困ったように笑った。恥ずかしすぎてもうここのコンビニ来れないなー、って思ったあたしは苦笑いをしながら小さくお辞儀をして外に出た。慌てて猿飛もお辞儀をしてあたしの隣に来た。二人で顔を見合わすと、どっちも顔が真っ赤だったから、なんだかおかしくって声を出して笑った。 そのあと、どちらともなく手を繋いでゆっくりあたしの家に向かいながらいろんな話をした。夏休み中の出来事とか、これから何するか、とか 「花火したいよなー」 「お祭りも行きたいねー」 「でもやっぱり海とプールでしょ」 「水着ギャルが見たいんでしょ、エロ飛ー!」 「んー、半分あってるけど半分違うよ」 「え?」 「だって俺が見たい水着ギャルってだけだもん」 「……馬鹿佐助」 「あっ!」 「え、なに?」 「佐助って呼んでくれた!」 「……佐助だって、って言ってるし」 「うん!あー、俺様なんかやる気出てきたー!この夏は生き延びれる!」 「ばか、大げさだなあ」 握ってる手を振り回す佐助を見て、あたし達は皆みたいにこの夏だけの関係にしたくないな、なんて思った。そう思ってるのが、あたしだけじゃなかったらいいんだけど 「……だよねー、あれ、聞いてる?」 「えっ、あ、ごめん。何?」 「もー、秋はどこ行くー?って」 「あ、秋?」 「うん、やっぱり早めに決めとかなきゃでしょー」 「……うん、そうだよね」 佐助も、あたしと同じ気持ちなんだって思ったら嬉しくって思わず佐助の腕に抱きついた。なになにー、甘えんぼさんー!って笑われたけど嫌がってないからやめてあげないよ。佐助もへへへー、って嬉しそうな声を出したからあたしも思わずえへへ、って呟いた。今日だけは素直にならなきゃ、損だよね。だって1年に1度の誕生日なんだもん |