かんかん照りの太陽の中、俺達の心の中はまったく正反対の土砂降りだった。
ハルヒが止めるのも聞かずに今日のSOS団の活動を無理矢理中止にさせた。最初は俺一人の要望で、ハルヒも軽くあしらっていたが古泉に朝比奈さん、そして長門までが中止にすることを強く願ったのでかなりしぶしぶながら承諾をした。

中止と分かればいつもは喜ぶ俺だが今はそれどころじゃない。やや顔面蒼白になりかけながらも、みんなのフォローの甲斐あってかなんとか平静を取り持つことが出来た。坂道を下ったところで別れた後、各自一旦家に帰って服を着替えてから駅前に集合した。朝比奈さんは今にも泣きそうなのを我慢していて、古泉もかなり動揺をしている。いつもは冷静な長門でさえも少し落ち着きがないように感じられる。俺達は重い足取りで目的の場所まで歩いていった。

向かっている途中、誰も話そうとはせずにただ黙々と歩いていた。


「着きました……ね」


最初に古泉が重い口を開いた。朝比奈さんと長門は小さく頷くと建物の中に入っていった古泉の後をついて行った。

俺は、まだなんだか信じられずにこの白くて無機質な病院という名の建物をただただ見つめた。既に中に入っている三人が申し訳なさそうにこっちを伺っていて、俺はそれに応えるように小さく右手を挙げて中へと、足を踏み入れた。


「……203号室」


長門が静かに呟き病室のある方を指差した。それにならって俺達もゆっくりとその方向に向かった。
203号室、というプレートが掛けられている部屋のドアをコンコン、とノックをするとなるべく音を立てないように静かにドアを開けた。
部屋の中はカーテンが開けっ放しにされていて、の姿が見えていた。 白いベッドの上で白いパジャマを着ているは、顔に色が無かった。

まるで、廃人のように。

頬には大きなガーゼがしてあってテープで止められている。それだけでも十分痛々しいのに、頭には丁寧に巻かれている包帯があった。
目には全く光が宿っていなく、俺たちがいることにすら気付いていないようだった。

、来たぞ。遅くなってゴメンな」

俺がにそう語りかけるとはゆっくりとこちらを向き、光の無い目で優しく微笑んだ。
その笑顔があまりにも痛々しくて、朝比奈さんは目に溜めていた大粒の涙を流してしまったし、古泉はの事が見れないらしく床のほうをジッと見つめていた。

が入院したのは、3日前だ。原因は、ハルヒ。
どこかで俺とが付き合っているという事実を知ってしまったのだろう。
古泉から閉鎖空間がひっきりなしに現れている、と聞いてからまさか、と考えていたが、そのまさかが現実になってしまった。

怪我の原因は教えてもらっていない。俺がの事を聞いたのは今日の朝で、言うのを渋っていた担任から無理やり聞きだしたことだった。
の両親も話して欲しくないらしく、担任も口止めをされている身だった。

丁度職員室にいた古泉に何事か、と問われ事情を一から説明した。
古泉は「朝比奈さんに伝えてきます、キョン君は長門さんに」と言い、すぐにその場を離れて2年の教室へと向かった。
残った俺も長門の教室へと向かい、あらかたの事情を説明した。

そして部活を中止にして病院に来た。いつもなら、6人で楽しく部活をしていた頃だったのに。
いつの間にか、何かの歯車が狂ってしまった。

は俺たちを見回すと痛々しいくらいの笑顔で「ごめんね」と消えそうな声で呟いた。

俺たちは誰もがお前が謝ることなんて無い、と同時に思ったがそれを口にするものはいなかった。
誰も、口を開けなかったのだ。

最初に沈黙を破ったのは古泉だった。
いつものイエスマンスマイルを作ってのそばまでゆっくりと歩いた。
「あの…これ、お見舞いです。さん、林檎と桃がすきって、言ってましたよね」

はあの笑顔のまま古泉のほうを向いた。

「私もあるんですよ。お、お花…です」
「……読んで」

古泉に続いて朝比奈さん、長門と続いてお見舞い品を渡す。
朝比奈さんは綺麗な花を、長門はに合いそうな本を渡した。

皆のほうをみて、またか細い声で「ありがとう」といって笑うと、少しして瞳が大きく揺れての口から小さく嗚咽が聞こえ始めた。
の方を見るとぼろぼろ涙を零していて、見ているこっちが悲しくなってきてしまう、そんな泣き顔をしていた。

「こいっ、ずみくん、あり、がとねっ、あたしの好きな、ものっ、覚えててくれてっ……」
「いえ……っ、また、一緒にオセロやりましょうね」

古泉は涙を流しながらも泣きじゃくるに優しく微笑みかけた。

「みくるっ、先輩も……、お花、高かった、よね?あり、がとう」
「ううん、ううん!そんなの、気にしな、いでください、ね。…早くっ、よくなってください……っ」

朝比奈さんは目を真っ赤に腫らして涙をぼろぼろこぼしている。の手を強く握りしめ何度もしゃくりあげていた。

「ゆきちゃん、が貸してくれ、た本読む、ね……!ゆきちゃん、のおすすめはっ、いっつもおもしろいもん、ね」
「……泣かないで」

長門は頬に一筋ずつ涙が流れていた。の言葉に一度静かに頷きを返すと、の目から溢れ出た沢山の涙をを鞄から出したハンカチでそっと優しく拭き取った。

俺はその輪には入らずに手の中に握り締めているものを強く握り締めた。
長門がハンカチをに持たせると同時に、俺はの傍へと詰め寄った。

「これは……俺から」

学校から帰って直ぐ、必死で家の中を探したけれど見つからなくて、結局は妹にもらった如何にも女の子向けの可愛らしい便箋に汚い俺の字で書きなぐった人生初の、そしてきっと人生最後のラブレター。

「…………っ、あ、ははっ、キョン…字ぃ汚い、よ…」

がんばって笑おうとしていたの大きい瞳からは次から次へと大粒の涙が溢れ出してきていた。俺はそれに耐えきれなくなっての体ごと胸に押し付けて抱きしめた。が小さな子供の用に声を上げ泣きじゃくると、俺達四人も一斉に声を上げて泣き始めた。

今にも壊れそうなくらい泣いているは、今まで抱きしめていた俺をゆっくりと抱きしめ返してきた。

「うぁっ、ぁあっ、キョン手紙ありが、とおっ、あた、しもだいすきだ、よおっ」
「ああっ、ああ分かってる!」

俺が下手くそな字で"大好きだ"と書かれた手紙を抱きしめながらが言うと、涙を流しながら俺は強く強くを抱きしめた。このまま壊れてしまえばいい。そうすればもう、誰に壊されることもない。しかしそんなことが出来るはずもなく、俺達5人はただ、泣いていた。


見えない希望


(希望を持ってもあるのは絶望だけ)(この世界ではもう望めない)