「あたしあんたの事大嫌い」
「奇遇ですね、僕もですよ」
目の前にいる決して笑みを絶やさない男がさらりと言う。ムカつく、こんなに
ムカつくのは何故かと考えたらすぐに結論がでた。そうだ、あたしが古泉の事大嫌いだったからだ。だからこの胡散臭い笑顔が非常にあたしのイライラを刺激する。これがこいつの計算だったらぶっ殺してやる。あ、でもあたしの事大嫌いなんだったら計算なのは当たり前か。
あたしは目の前の男をメデューサの如く睨みつけながら小さく、でも確実にこ
いつに聞こえるように舌打ちをしてやった。すると、少し勘に障ったのかあの笑顔を一瞬ひくつかせた。あたしはさも嫌みったらしくにっこり笑うと古泉も嫌みったらしく笑ってきた。
「にやにやと気持ち悪い、男のクセに」
「それはあなたも一緒です。あ、失礼ですが女性でしたっけ?」
「一応戸籍上は女ですけど?あんたの方がよっぽど女らしいよ。そのにやついた笑顔とかね」
「それはどうも。ですがあなたは男性、というより動物ですね。猛獣などぴったりだと思うんですが」
この場に刃物があったら刺してたな。拳銃があったら撃ってた。何も無くった
ってやろうと思えば出来る。あの女のような綺麗な顔の下についている少しだけ男性らしい首をしめる、とか。しかし私はこんなにも早く刑務所デビューをしたくないのでその感情を黙って押し殺す。
妄想の中でなら何度だって殺した。どうせ私にだけしかわからないんだから構わないと、痛めつけて苦しませて最後に大きいのを一発かましてやった。
すっきりするだろうと思いやったことだが実際やると、そんな後は決まって胸くそが悪かった。ムカつくとかじゃなくて、無性に泣きたくなった。寂しくなっ
てしまった。
「僕のことを殺したいと思っているでしょう」
「なんでよ」
「何せ僕は超能力者ですから」
「………は」
「冗談です。そのような顔をなさってましたから」
お得意のにやにやスマイルをあたしに向けるといきなり奴は踵を返した。あた
しは不憫なものを見るような目であいつの背中を睨みつけると急に振り返ったから小さく肩を震わせた。
「そんなに見ないでください」
「別にあんたなんて見てないわよ」
「本当ですか?実にやめていただきたい」
あたしは奴の言葉に奥歯を噛みしめてこれ以上ないくらい睨みつけるとすぐ側にあった椅子を思いっきり蹴り飛ばした。
そんなあたしの行動に古泉は微動だにせずただ笑ってこっちを見つめているだけだった。
ムカつく
本当にこいつだけは、古泉一樹だけは、駄目だ。
畜生、なのになんで、
なんでなんでなんで
あたし古泉が好きなんだろう
きっとあたしの人生の中で一番の汚点はこいつの事が好きになってしまったことだろう。
さっき蹴り飛ばした椅子を見つめていると古泉がこっちに向かって歩き出した。
「実に同感です」
「は、」
あたしが言い終わる前に勢いよく抱き寄せられて口づけを交わされた。突然のことで頭が真っ白なあたしは兎に角この状況をどうにかしようともがき苦しんだ。
ようやく奴の唇が離れて一呼吸おけるかと思いきや今度は奴の胸に強く押しつぶされた。
「……何すんのよ」
「ちょっとした嫌がらせ、とでも言いましょうか」
「性質が悪すぎるわよ」
「おや、先ほどは僕の事が好き、と仰られたと思うんですが?」
「なっ……言ってないわよ、そんなこと!」
「いえ、確かに聞きましたよ。心の中でね」
「っ、」
「超能力者ですから」
あたしが反論する前に笑顔で古泉が呟いた。今なら古泉超能力者説、信じれるかもしれないな。
にっこりと笑うこいつの顔を一発くらい殴りたいと思ったけど、今日はそれは止めておこう。一応顔だけは綺麗なんだから、勿体ないでしょ。
それにいつの間にか繋いでいる右手を今は離したくない、とも思ってしまったからね
愛し方を知らない
僕たちは
(古泉なんて死んでしまえ)(僕が死ぬ前にあなたを殺して差し上げますよ)