今日の授業の中に音楽の授業があって、別に好きでも嫌いでもない授業なのでいつもどおり適当に受けようと思っていた。始まった瞬間からそのつもりで寝たりシャーペンをくるくる回したり(ときどき落としたり!)しながら先生の話を右から左へと聞き流していた。落としてしまったシャーペンを拾おうと椅子から立ち上がったとき、先生の話の内容が丁度変わった。シャーペンを拾い上げながらあたしはボーっと先生の話を聞いていた。何でもジョン・ゲージという作曲者の話で話を聞いている分には少し…いやかなりの変わり者だった。この人の曲というのは4分33秒間ずっと舞台の演奏者は何も音を出さないというなんとも変わった作品だからだ。そのときの会場の雑音が一つの曲だとジョン・ゲージは言っていたらしい。一通り話すと、また違う話へと変わっていった。あたしは琴の歴史だとか作り方にはさほど興味がなかったのでまたシャーペンをくるくると回し始めた。

 シャーペンを回しすぎて手が疲れてきたあたしは筆箱の中にペンをしまってクラス中を見回してみた。顔をくるっと一周させると丁度あたしの斜め前に座っている古泉君の顔が目に入ってきた。そのまま彼の顔を見ているとすごく真剣な顔をしていた。そんなにいい話をしているのか、琴には興味がないがそんなに真剣に聞くほどのものなら聞いておきたい。そう思って聞こうと思ったが古泉君の顔から目が離せなかった。さらさらの髪の毛に長い睫毛、いつもニコニコ笑っている彼の目は今はパッチリ開かれていていつも口角が上がり気味な口元も一文字にきゅっと結ばれている。瞬きをする度揺れる彼の睫毛の影をぼんやりと見つめていた。すると、あたしの視線に気づいたのか古泉君がこっちを向いた。ずっと彼のことを見つめていたあたしはもちろんばっちり目があってしまい、古泉君が少し照れたような笑顔を見せた。あたしはずっと見つめていたことを恥ずかしく思えてきて目を泳がせながらうつむいた。(…ちょっと、態度悪かったかな。)その後の先生の話なんて全然頭に入らなかった(入れなかったんじゃない、入らなかったんだ。)気づくと授業は終わっていて皆教室に帰っていっていた。あたしも友達に声をかけられ一緒に教室へ戻ろうとした。椅子から立ち上がった瞬間、また古泉君と目があった。そしてまた……そらしてしまった…。

 教室に戻ると一息つく暇もなくHRが始まった。少々ながったるい担任の話も終わり皆帰ろうとしていた。もちろんあたしもだ。しかしあたしの前に大きな影ができて歩き出せなくなった。それが誰かを確認する前に声をかけられて目の前にいる人が誰かわかった。と、同時に冷や汗がたらり、と垂れた。もしかして先程ずっと見ていたことに何か文句があるのかも、と思ったが恐る恐る顔を上げるといつもの優しい笑顔だったのでとりあえずほっとした。

さん」
「はっ、はいなんでしょうか…」
「4分33秒の話、覚えてますか?」
「あ、えーっと、ジョン・ゲージ…?だよね。音楽の」
「はい、そうです。よかった、知らなかったら説明から入るところでした」
「あははー…、そこはね、聞いたよ、うん」
「それでは僕の実験に付き合ってくれませんか?」
「え、実験?」
「そうです。今から4分33秒計って目を閉じてみるんです」
「う、うん……」
「お暇でしたら、いかがですか?」
「あ、暇です」
「それはよかった」

 何が「あ、暇です」なんだ。いや、暇なんだけど。だからといって古泉君と放課後一緒というのはなんだか気まずいきもする。しかし引き受けた以上あたしはやらなきゃいけないのだろうか!まあ、実際ジョン・ゲージには何らかの興味があったし4分33秒計ってみるのも悪くないかな、とか思ってみた。そうでも思わなきゃやってらんないもの!

「じゃあ、いきますよ」

あたしが右手をあげてそういうと古泉君はいつものようにニコニコしてはい、と一言呟いた。携帯のタイマーをピッと音を立てて押すとあたしは静かに目を閉じた。廊下を走る音、皆の会話、机などのぶつかる音……なるほど、なんだかおもしろい。あたしはそこからずっとジョン・ゲージのように楽しみながら、その音楽を聴いていた。するといきなり目の前に影ができた。目を閉じていてもわかる。あの感覚だ。なんだろうと思って目を開けようとすると今度は唇に何かが当たる感覚がした。あたしはびっくりして目を開けたら古泉君の綺麗な顔が飛び込んできた。え、なんで?あたしは思いっきりのけぞって顔を真っ赤にした。

キス、されてたんだ。

「な、なななな…!」

ピピピピピピピピ…―――

 あたしがなんで、といおうとした瞬間あたしの携帯が大きな音を立てた。あたしはその音に吃驚して大きく方を仰け反らせた。古泉君は少し笑いながらあたしのことを見ていた。

「それでは、また明日」
「え、あっ、うん…」
「あ、忘れてました」
「へっ、ななななんですか」
「…好きです」

そう呟くと古泉君は教室から出て行った。あたしは赤く火照った顔を両手で包み込みながら明日彼にあったらどんな顔をすればいいかを考えていた。

「……ずるいよ、ばか」




4分33秒の世界



(古泉君、あ、あたしも…)(すきです!)