「海行こっか!」

部活が終わってくたくたになりつつも、三星から家までの段々慣れてきた坂道を自転車漕いで上ったとき、俺の家の前でこいつはそんなことを言った。俺は今までシャワー浴びたらアイス食ってとりあえず寝て、とこの後の事を考えていたがその回路が一瞬ストップした。とは高校になってからクラスが変わってなかなか話す機会がなかった。中学三年間がずっと同じクラスだったから余計かもしれないけど、ぐんと会うことすらも減ってきていた。その彼女が今、目の前にいる。久しぶりに見たは正に夏真っ盛りな今に似合わず真っ白な肌にピンクのワンポイントがついている白のワンピースを着ていた。思わずその姿にぐっときたことを気がつかれないように俺は赤くなった顔を覚ますように首に掛けてあるタオルで汗を拭うふりをした。ちら、と横目で見ると、はいつものように可愛らしく微笑んでいた。……柄にもないとは思うけど、その笑顔が一瞬天使に見えた。……きっと服が白いからだな。天使は白いワンピースって決まってるから、その錯覚だな、と何故か自分に言い訳をしつつ、先ほどからずっと見ているに観念して向き直った。

「……海?」
「そう、海!」
「何で海?」
「いいから、早くシャワー浴びてくる!」
「えっ、あ、おい!」

背中を押されて我が家の玄関に無理やり入らされた。外からは「暑いから早くねー」というやけにのんびりしている声が聞こえてきた。きっとあいつの頭の中だけ春なんだな。玄関にある全身鏡に映っている自分を見て、はじめてどれだけ汚かったかを思い知らされた。……わお、汚れすぎじゃないか?さっきが着ていた白い服と比べると実に汚すぎる。元の生地の色が白なのか茶色なのかよく分からないことになってしまっている。やっぱり面倒くさいからといわず制服に着替えてくればよかったか、と少し後悔をした後、荷物を放り投げるように起き、着替えを取りに自分の部屋まで小走りで走った。タンスの中から上のほうにある服を適当に掴むと次はシャワー室まで走った。あいつもわざわざ外で待たずに自分の家で待てばいいのに、と思いつつあの暑い中で俺の帰りを待っててくれたことが嬉しかったり。ちょっとにやけそうになる口元を服を持っていないほうの手で隠し、にやけが治まるのを待った。うわあ、俺キモ。にやけが治まると今まで着ていた練習着に手を掛けて勢いよく脱いで腰にタオルを巻くとドアを開けて風呂場に入った。シャワーが出るように蛇口を捻って冷水をを勢いよく自分の体にかける。さっきまで暑いところにいたからかいつもよりも少し冷たく感じて体が一瞬震える。心地のよい冷たさに癒されつつも、暑い外でが待っていることを思いだしさっと全身に水をかけ頭を洗った。

「あー、さっぱりした」

髪の毛から滴る水滴を取るために犬のように頭を左右に振った。髪の毛を片手でかきあげるとさっと体を拭いて脱衣所に置いてあった服に手を通した。まだ少し水が滴りつつも部屋に戻り必要最低限のものだけポケットに入れる。一応財布の中身を確認しつつ、まだ残ってるな、と思い思いっきり詰め込んだ。まあ、海だから金はそんなに使わないだろうけど、一応ということで持っていっておくことにした。

「修ちゃん遅いよ〜」
「わりい」
「なんてねー!全然いいよ、じゃ、いこっか!」
「はっ?海って……近くにあんのか?」
「えーっ?!もしかして修ちゃん知らないの?!」
「あ、ああ……」
「うっそー!海行かないのー?!」
「わざわざ暑いのにいいか、って思って」
「じゃあ、毎年泳がないの?」
「いや、泳ぐときはプールに行くから」
「ふーん……じゃあ、今日が修ちゃん初の海だね!」
「泳ぐの?!」
「泳がないよ〜、まだ海開きしてないもん」

がからからと楽しそうに笑う。じっと俺の顔を見つめてきたと思ったら、「ふ〜ん?」と意味深に呟いて悪戯っ子のような笑みを作った。急に俺の手を取って小走りではやく、と急かすから少しこけそうになりながらもの楽しそうな笑顔に思わずつられて笑ってしまった。「こっちこっち」と笑いながら走るの少し後ろをついていく。繋いでいる右手からの体温が注がれているくらい熱い。こいつって、こんなに細かったっけ

「ついたよー、ここだよ」
「へー、綺麗じゃん」
「でしょ?夕日が綺麗ー!」
「この町にこんなきれいなところあったんだな」
「うん!でもやっぱりまだ誰もいないねー」
「そうだな、まあまだ早いしそれに夕方だしな」
「ふふっ、でもそれはあたしにとって好都合だったり!」
「はあ?」

はゆっくりと踵をかえすと俺の少し後ろにあった木の棒のようなものを手に取り少しはなれたところまで走り出した。俺はゆっくりとその方向に向かったがに待ったをかけられてその場に立ち尽くした。暫く何かを砂に書くような行動をした後、俺に向かって大きく手招きをした。俺は少し急ぐように歩くとが一生懸命書いていた砂の表面をゆっくりと見た。

「お誕生日おめでとう、だよ」

恥ずかしがりながらもはにかんでいるを少しだけ見つめると、すごい勢いで自分の顔が熱くなっていくのが分かった。きっとこれは夕日のせいで赤くなってるだけだ、とまた自分に言い訳をすると、が書いた文字の隣に、足元にある細い棒切れで力強く、照れ隠しも含めて少し乱暴に書きなぐった。



砂に書いた愛のメッセージ

(”しゅうちゃんだいすき”)(”おれも”)