この頃の花井君は部活が第一で中々構ってくれません。いや、いいんですよ。もう直ぐ夏大だしね?花井君キャプテンだしね?ちゃんとメールもくれる……けど、さ。やっぱりメールとかじゃなくて本物の花井君と喋りたいよ……。クラスは一緒だけど照れ屋な花井君が皆に付き合ってることを隠しててまったく喋れない。前までは部活終わるのを待ってたけどこの頃花井君はそれも許してくれない。確かに野球部終わるの遅くなったし暗くなったら危ないかもしれないけどそれでもやっぱり花井君と喋りたいんだよ…。(でもこの前待ってたらすごく怒られた!危なくないのに!)あああああああああ花井君花井君花井君!!私はあなたに会いたいです! そんなことを考えながら友達と帰っているといつの間にやら話題は宿題の話になっていた。ぼーっとしていた私は靴箱から靴を取り出しながらその話を聞いていた。 「数学宿題多いよねー。家帰って直ぐやらないと間に合わないよ」 「本当!もうありえない……」 「……ぅあああぁあああ!!」 「なっ、なに?!どうしたの?!」 「すっ、すっ、数学置き勉してきた……!!」 「明日までだよ?とってきなよ。うちらここで待っとくから」 「うん、取ってくる!あ、先帰ってていいよ」 「んー、じゃあゆっくり帰っとくね」 「ありがとー!」 失敗失敗、明日提出の数学の課題を忘れるなんて(しかも先生はゴリ先ときた!)さっさと取って皆に追いつこう。私は階段の一段一段がもどかしくて2段くらい飛ばして2階の教室まで走り抜けた。扉の前に来て鍵のことを思い出した。しまった!もう皆帰っただろうから鍵はかかってるだろうな。と、いうことは一階の職員室まで行かなきゃ行けない…という事だ。そ、それだけは勘弁していただきたい。 私は鍛え抜かれた野球部でもなけりゃ陸上部の期待のホープでもない。ただの帰宅部の女子高生なのだ。…といっても部活に入るタイミングを逃してしまって入れないだけなのだが。特に入りたい部活もないし当分は帰宅部でいいと思ってる。本当は野球部のマネジをやってみたかったんだけど花井君に止められた。ヤキモチだったらいいけど、まあ花井君に限ってそれはないだろうな。私は深く考えずにぽてぽてと歩いているといつの間にか教室の前に着いていた。扉に手をかけて一息つく。教室のカーテンは閉まっており電気もついていない。ああ、誰も居なさそうだな、と項垂れながら扉に手をかけた。するといとも簡単にカラカラと音を立てて開いたのである。吃驚した私は教室内を確認すると足を一歩踏み入れた。なんともラッキーだ。今日は寝坊したので占いを見れなかったけどもしかしたら1位だったのかもしれない!ああ、気分がいい!私は静かに扉を閉めると自分の席へと足早に向かった。すると窓際の一番後ろ、丁度カーテンの隙間から日差しが入り込んでいる席替えのとき一番狙われる席で人が寝ていたのである。私は頭で分かってしまった。花井君だ。7組に坊主は一人しか居ないし、この席は元々花井君の席だった。私は花井君の前の席(あ、水谷君の席だ)に音を立てず静かに腰掛けると花井君をじっと見た。腕を枕にしている花井君からは何秒かに一度、心地のよい呼吸音が聞こえる。サラサラの睫毛にきりっとした眉毛、いつもは一文字に結んでいる口元も寝ている今は無防備に半開きになっている。私は軽く微笑むと花井君の手の上にそっと自分の手を重ねた。 「花井君の寝顔かーわいー」 「……」 「………花井君、大好き」 「……」 「へへ、聞いてるわけないよね、よかった」 「……」 「花井くーん、は寂しいですよー」 「……」 「たまには私の相手もしてよ、野球馬鹿……」 ほんとに起きない。よっぽど疲れてるんだろうな。そんなに気負わないでいいのに、(って言っても無理か。一年キャプテンだもんな)私は花井君の頬を指で優しくつつくと溜息を一つ吐いた。 「かっこいいなー、花井君」 「……」 「ちゅーしちゃえ」 私が花井君の頬に顔を近づけたとたん机と椅子が大きく揺れた。吃驚した私は目を大きく開いて目の前を見た。すると目の前には顔を真っ赤にして大きく退いた花井君の姿があった。…あり。さっきまで花井君寝てた、よね?なんで起きてるんだろう。というか、今の独り言…聞かれた…?! 「お、おはよう…っ」 「……っつの」 「へ?」 「お、起きてるっつの!そういう恥ずかしいことすんな、馬鹿!」 「わっ!ご、ごめんなさい……」 私はしゅんとして花井君に謝ると居ずらくなって椅子を立ち上がった。帰るね、と呟いて教室を後にしようとしたら腕を思いっきりつかまれた。気づくと花井君の顔がさっきよりももっと近くにあり唇が重なっていた。数秒たって唇が離れると私が花井君に負けないくらいに赤面してじっと顔を見つめた。 「こういうことは男にやらせろよな・・・」 花井君はぼそっと呟くと鞄を持って立ち上がった。花井君も顔は真っ赤で茹蛸みたいになっていた。私はというといまだに状況がつかめずぼーっと一人突っ立っていた。 「その……寂しい想いさせて悪かった」 「え、いや、あの…その…」 「今日、時間あるか?」 「き、今日?あるけど…」 「じゃあ、待っといてくんねえ。俺、送っていくし」 「え…!いいの?!」 「そのかわり阿部とか水谷とかとは喋んなよ。……俺だけ見とけ」 「…わ、わー!花井君もしかしてヤキモチー?」 「……悪いかよ」 照れ隠しで言った一言が花井君の図星を突いた。どうしよう、すごい嬉しいかもしれない。もう廊下に出てしまった未だに顔が真っ赤な花井君を見てにっこり笑って私もまた、赤い顔のまま廊下まで走って花井君に抱きついた。 「言われなくっても花井君しか見えないよ!」
せかいでいちばんやさしい天使 (で、お前何しに教室来たわけ?)(…あ!ゴリ先の課題!) |