"浜田、誕生日おめでとう!これあたしが作ったんだけど、よかったら食べて!"
そんなに可愛く言えたら、どんなにいいことか。私は高鳴る鼓動を抑えながら朝の道のりを歩いていた。昨日人生ではじめて作った"ちょこれいとくっきい"と言えるかどうかわからないけどできればそういえたらいいなー、と思える代物(いや、味見はしたんだよ、美味しいと思うんだけど浜田にとって美味しいかどうかが問題なんだ)を入れた小さなオレンジ色の紙袋の持ち手を右手で強く握り締める。何もしてないのに顔がどんどん赤くなってくるのがわかってマフラーにすっぽりと顔を収める。きゅっ、と目を閉じると目の奥がジーンとして、昨日遅くまでがんばりすぎたなー、と心の中で呟く。今日は一日机に突っ伏して寝るしかない。今日だけは許して先生、明日からがんばるから。昨日作ったチョコレートクッキーは見た目が少し不細工だ。いや、少しじゃなくって、結構かもしれない。とりあえず歪な形をしているということだ。それでもまあ私にとっては美味しいと思えるものが作れたのでよしとしよう。…あくまでも私が美味しいと思っただけなので保障はできないけど。肩に掛けている鞄がずれてきて掛けなおすと、隣を通り過ぎようとしていた人にぶつかってしまった。
「わ、ごめんなさい」
「いや、こっちも…ってじゃん」
「あ、なんだ梅原か」
「はいはい浜田じゃなくて悪うございましたねー」
「なっ…!そんなこといってないでしょー!」
私の隣をゆっくりと歩いているのは同じクラスで応援団の梅原だ。梅原と梶山、そして浜田と私は一年生のときに同じクラスだった。梅原と梶山は私が浜田の事を好きなことを知っている。一年生のときからずっと応援をしてくれている、いい男友達だ。仲もよかったし2年も同じクラスになるといーねー、なんて話をよくした。まあ結局梶山と梅原と私は同じクラスで浜田だけもう一度一年生をやる羽目になったんだけど。言ってしまえば私だって皆と一緒に応援団をやりたかったけど、部活のほうが忙しい時期なのでそんな暇は無かったのだ。引退したら是非ともやらせていただきたいとは考えてるけども。そんなことを一人で考えていると梅原がニヤニヤ笑いながら私の右手のほうを見つめていた。「なに、気持ち悪いな」と言う言葉を梅原に放った後にはっとする。私の右手にはオレンジ色の紙袋があって、そこには小さめの赤いリボンがついていた。急いで後ろに隠すと梅原が「おせーよ」と笑った。
「浜田ならもう教室じゃねーの?」
「…そうね」
「行ったらー?それ、渡しに」
「…断られたらどうしよう」
「浜田がからのプレゼント断るわけねーべ!ま、断られたら慰めてやるよ」
「頼むよ、駅前のアイス、トリプルね」
「げ、冬にアイスかよ」
「冬のアイスが一番よ!」
そーかよ、と梅原は笑うと「もう時間ないぞ、早く行って来い」と背中を軽く押した。私は力強く頷くと靴箱に小走りで向かった。途中梶山に会うと、私の右手を見て笑顔で「がんばれ」とエールをくれた。小さく返事を返すと、急いで上靴を履いて1年生の教室へ向かった。
浜田のクラスを覗くと沢山の人だかりができていた。男も女も、みんな浜田の周りに集まってプレゼントを渡したりお祝いの言葉を掛けている。小さくて女の子らしい子が浜田に美味しそうなクッキーを渡していた。浜田は「うまそー!サンキュー!」と満面の笑みで見た目も綺麗なそのクッキーをうまいと言ってほおばった。…そうだよね、もう浜田には今の9組があるんだ。私はただ1年生のときに仲がよかっただけで、今も頻繁に連絡とっているかと聞かれたらそうじゃない。浜田にも違う世界がるのは当たり前なことなんだ。いつまでも昔にすがっていたら駄目なんだ。浜田は"皆の浜田"なんだから。鼻の奥がつーんとして涙が込み上げてくる。すん、と鼻を鳴らして涙を流すと次々とこみ上げてきた。これ以上はやばい、と目を擦って踵をかえす。
「ばっかみたい、帰ろ」
とにかく早くここから離れたくて、楽しそうな教室の中をなるべく見ないようにした。
「あれ、帰るの?」
「え?」
どこからかそんな声が聞こえて慌てて辺りを見回す。すると野球部の…確か、泉くんと田島くんがそこにいた。今私に声を掛けたのは田島くんの方で、きょとんとした瞳で私の事を見ている。
「え…うん、そうだけど…。なんで?」
「浜田にプレゼントわたさねーの?それ、浜田にだろ?」
私が言葉に詰まってるとい泉くんが田島くんに「お前、直球すぎ」と溜息を吐いて呟いた。その後泉くんがじっと、こっちを見つめる。
「浜田、待ってると思う」
「え?」
「…渡さないと、後悔するんじゃないすか?」
にやりと笑って泉くんが言う。田島くんが後ろから「そーだっ!当たって砕けろだー!」と叫んでいる。そんな田島くんに「もうお前黙ってろ!」と泉くんが突っ込んで、私は思わず笑ってしまった。うん、田島くんと泉君の言うとおり、渡さないで後悔するよりも当たって砕けたほうが言いに決まってる。決心がついたところでまた浜田の教室へ向かう。私が歩き出したと同時に9組のドアが開き、そこから浜田が顔を出した。
「…?」
「あ、は…ま、だ」
「えっ、何!?一年生のほうに来るなんてどうしたの?何か用事?」
「……っ、そう!だ、大事な用事…」
「えっ何?誰か呼ぶ?」
部活の事で一年生の棟に来たと思っている浜田は教室に入ろうと扉に手を掛ける。
「い、いい!浜田に用事だから……」
「俺?何?」
大丈夫、昨日沢山練習した。今日の行きがけだって、沢山練習したんだから、大丈夫。私は後ろで持っているオレンジの紙袋を握り締めて、震える唇を開いた。
"浜田、誕生日おめでとう!これ私が作ったんだけど、よかったら食べて!"
大丈夫、私なら、言える。
「はっ、はま、だ!誕生日おっ…おめでとう!あの、えっと、私、食べて!」
……あれ、今ちゃんと言えたよね?頭ぐるぐるしてわかんないけど、自分が今何してるか全然わかんないけど、泉くんがすごい叫んでて田島くんが楽しそうに騒いでるけど…私ちゃんと、言えたんだよね?
言えてないよ!
一気に今私が発した言葉がよみがえる。爆弾発言もいいところだ。ほら、浜田だってどん引いて、る…?
「……マジで?」
「えっ、いや、今のは…」
「マジで貰っちゃっていーの!?」
「あ、はい、それは……え?」
「やべー!すっげうれしい!もしかして俺たち両思い!?」って浜田が叫んでいる中、私はぽかーんとしていた。両思い、って何だ。私が浜田を好きで、同じように浜田も私をす、き……?
「ゆ、夢だぁ…」
「夢なんかじゃねえって!俺夢だったら泣くよ?」
浜田がいつもの笑顔で、(いつもより、赤い顔で)私を見つめる。私は涙が流れててぼろぼろの顔で思いっきり、笑った。
順番も、何もかもが間違っちゃったけど。終わりよければ全てよし、結果オーライってことで。
そんな関係
(一番心臓止まりそうなのは泉)(宣言通り、頂きます!)
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