「獄寺君!」 息を切らしながら走っているあたしが呼びかけると、丁度曲がり角の所を歩いていた獄寺君が気だるそうに振り向いた。 ……うわあ、いかにもな反応をありがとう。あたしがそう心の中で呟くと、獄寺君は一層眉間にしわを寄せて歩み進んでしまった。 獄寺君がエスパーだったらどうしよう……。絶対今の聞かれた……。 あたしはありえないと思いつつもそんな発想が脳裏をよぎって体を大きく震わせた。 すたすたと尚も歩き続ける獄寺君の後を、自分のこの短い足を悔やみながら追いかける。 あぁ、憎い。獄寺君のスーパーモデル級に長い足も、どんなに走ったって獄寺君に追いつけない短いこの足も。 今の状況は人からどう見られているのだろう。これが恋人同士のラブラブ帰宅風景と答える勇者はいないだろう。居たら拍手と賞品を是非とも渡したい。賞品はあたしの机の奥で眠っている鉛筆1ダースだけれども。 心の中で盛大に溜息を吐くと少しスピードを速める。彼の少し後ろまで来たから足音で分かるだろう。だけれども獄寺君は後ろを振り向きもせず歩いていく。そんなことに悲しくなりながらもよりを縮めるために足を出す。―――! 気を抜いたのがいけなかった。獄寺君のほうばかりを見ていて油断していた。だってそんなまさか。下に溝があったなんて知らなかった。 どんな言い訳をしたって時既に遅く、あたしは地面にうつ伏せ状態になってしまっていた。いつまでもこんな格好で居るわけにもいかずあたしはとりあえず頭を上げて上半身を起こした。 言うが早いか見るが早いか、獄寺君!と名前を呼びながら周りを見渡したものの、人らしき人がそこには居なかった。 じんわりと涙が溢れてきた。足を挫いたのも、膝を擦りむいたのも痛かったけど、それより何より心が、痛かった。 獄寺君はきっとあたしの事が好きじゃないんだ。あたしの告白を断りきれなかったからオッケーしたんだ。 思えばあたしは獄寺君に好きだ、って言われたことが無い。 告白の返事は、いいけど。だったし、あたしが好きって言っても無言か、ああって相槌だけだ。 一緒に帰れる日だって少ないし、帰れる日だって全部今日みたいな感じだ。 やっぱり好きだったのは、あたしだけだったんだ。 好きじゃないなら好きじゃないって言ってくれればいいのに、中途半端が、一番つらいのに……。 うわ、どうしよう。やばい、涙出る。 「うぁ……、うわぁあぁん!獄寺君のばかああー!寂しい思いばっかりさせてー!でも好きー!」 「片岡……!お前なんつーことを道のど真ん中で言ってやがるんだ!」 「……え?」 人が居ないことを確認してから泣いたつもりだったのに、後ろを振り向けば真っ赤になった獄寺君が居て。 びっくりして涙は止まったけど、今のを聞かれていたかと思うと今度はあたしが真っ赤になる番だった。 「なっ、えっ、何で……?!」 「何でも何も……お前が転ぶから。……ん」 獄寺君が突き出してきたものは紛れも無くあたしの鞄で。慌ててお礼を言って受け取ると、同時にこけた時に鞄の中身をぶちまけてしまったのだと理解する。 獄寺君はそれを拾って……それで…… 「……うわあ!今の聞いてた?!」 「そりゃ聞こえるだろうが!人の事を馬鹿とか叫びやがって」 「あいて」 照れたように呟くとあたしの額にデコピンをひとつお見舞いした。 あたしがおでこを手のひらで抑えると、急に目の前が真っ暗になった。 「あー……その、寂しい思いさせて悪かったよ」 「ごっ、獄寺君?!」 気付くとあたしは獄寺君の腕の中で、力強く抱きしめられていた。 「……たんだよ」 「え?」 「付き合ったことなんて無かったからどうすりゃいいかわかんなかったんだよ!」 急に大きな声を出すから吃驚して、肩を大きく震わせた。 その後に、獄寺君の言った意味を理解して恥ずかしくなって獄寺君の胸に頬を強くつけた。 「帰ってる所とか、クラスの奴に見られたら学校でからかわれるだろ……」 「うん……」 「すっ、すっ、すき、とか恥ずかしくていえねーし」 「うん……」 獄寺君が愛しくて、やっぱり大好きだな、なんてしみじみ思ったりなんかして。 獄寺君の背中に手を回して強く抱きしめた。 「……こんな男、彼氏にしたくなんかねーよな」 「そんなことないよ!」 獄寺君が目を丸くしてあたしのことをみつめている。正直言って、すごく恥ずかしい、けど……。 「好き、だから」 「あ?」 「獄寺君があたしの事好きじゃなくても、あたしは獄寺君のこと大好きだから!」 言い切った。こんな真っ赤な顔を見せる訳にはいかないのでさっきよりも背中を回す手に力を入れた。 「……お前は俺が好きでもない奴にこんなことすると思ってんのか」 「え?」 「俺がこういうことするのは好きな奴だけなんだよ!」 「……え?」 「だーっ!もう!俺はお前がすきだって言ってんの!」 何もいえなかった。抱きしめられる力が強くなって、獄寺君の顔は見えなかった、けど本気だって分かる。 「すき」 「……俺も」 「だいすき」 「俺も、大好きだ」 「〜っ!獄寺君が彼氏でよかった!」 涙をぼろぼろ零しながら言うと、獄寺君は少し笑ってあたしの頭をぽんぽん、と優しく叩いた。 「お前、足挫いてる」 「え、あ!ほんとだ……」 道理で痛いと思った、と続けようとすると獄寺君が急に後ろを向いた。何かあったのかと思ってみていると、ん、と手を背中に添えた。え、え、え、 「獄寺君……」 「ほら、早く乗れよ」 「うん、うん……ありがとう」 獄寺君の耳はとても赤くて、照れているのがこっちまで伝わってきた。あたしはすべて獄寺君に預けると、ひとつ、御礼をしようと決めた。 「獄寺君!」 「なん……」 振り向いた獄寺君の唇に小さいキス。した本人のあたしは恥ずかしさに襲われて背中に顔を隠してしまった。 獄寺君は固まったまま動かなくて、不安になりながら覗き込もうとすると、いきなり立ち上がった。 「ご、くでらくん……?」 「隼人」 「え?」 「隼人って呼べよ……紗雪」 「……うん、隼人!」 もう一度彼の背中に頬を寄せて心地のいい安心感を覚えた。 でも獄寺君のお返しは後でな、って言葉にまた顔が熱くなってしまった。 でも獄寺君の方を見たら、さっきよりも赤くなってて、おそろいだな、なんて静かに考えた。 |
林檎記念日
(ねえ隼人、重たくない?)(俺は十代目の右腕だぞ。お前なんか軽すぎるくらいだ)