ねえ赤也、あたし好きな人できたの。たからもうこんなセフレみたいな関係おわりにしよう。
ごめんね、今までありがとう。

情事が終わり少しした後、香奈子が切なそうに微笑みながら呟いた。一瞬、目の前の女が何をいっているのかわからなくなった。


誰だ。誰が好きなんだ。

肩を強く持ち前後に揺さぶる。香奈子は、いつになく真剣な俺に怯えているようでただ辛そうな声で痛いよ、と一言呟いた。

ふざけるな、心の中で何度も叫んだ。香奈子の肩を爪を立てるほど強く握り締めて顔を思いっきり睨みつけた。俺はお前が好きなんだよ。
香奈子とこんな関係になったのは半年位前からだ。彼氏に振られて落ち込んでいる香奈子を俺は慰めてやった。あわよくば恋人になろうなんて考えながら事に及んだが、俺らの関係はそれ以上になることはなかった。ずっとセフレの様な関係が続いていて、俺はいつしか告白をしようとは思わなくなっていた。告白してふられたら今の関係が崩れてしまう。それだけは、いやだった。こんな関係でも、俺は香奈子と居たかった。
なのにコイツは、好きな人ができたからと、今までありがとうといって俺を捨てるのか。ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんな

「ふざけんじゃねぇぞ!!」

俺が香奈子に向かって思いっきり叫んだ。香奈子は肩を大きく跳ねさせて俺の方を震えながら向いた。俺の目が、熱く、赤く染まっていくのがわかった。香奈子はよっぽど俺の事が怖いのだろうか。俺がちょっと近づくだけで大げさに体を震わせる。しつれーなやつだなあ。
俺がもう一度香奈子ににじり寄るとベッドの脇に置いている香奈子の携帯が小さく、震えていた。
香奈子がちらちらとそっちを見ていたので俺はコイツの携帯を鷲掴みにして荒い手つきで携帯を開けた。ディスプレイにはブン太先輩と映っていて。俺は全身が熱くなるのを感じながら通話ボタンを押した。

「もしもし香奈子ー?」
「すいません丸井先輩、今取り込み中なんで」

頭の悪そうな脳天気な声を聞いて苛立ちが上昇した俺は口早にそう切り出すと返事も待たずに終了ボタンを強く押した。香奈子の携帯をベッドから離れた机の上に放り投げてベッドの方に戻る。

「好きな人って誰だ?丸井先輩か?」
「ちがっ……!」
「そういえば丸井先輩の事だけブン太先輩、って呼んでたよなあ」
「……っ」
「ふーん、そうなんだ。丸井先輩の事をねえ……」
「気安く呼んでんじゃねえよ!!」
「きゃあっ!」

いきなり香奈子に馬乗りになって髪の毛を掴んだから顔面蒼白になって抵抗しだした。俺は更に目が熱くなってきているのを感じながら首を握る手に力を込めた。
小さくうめき声をもらすと香奈子はおとなしくなった。俺は殺しちまったかと慌てて口元に耳を傾けると小さく寝息が聞こえてきたので一安心をした。
そのあともいつもどおり飯を食べて風呂に入り、寝る準備を整えた。

「あー……、香奈子どうすっかなー」

さっきからベッドで寝ている香奈子を無理やり起こすわけにもいかず、俺は仕方なく床で寝る羽目になった。ああ、明日は朝練があるんだったか。遅れるわけにも、サボるわけにもいかず、小さく舌打ちをしてタオルケットを被り俺も眠ることにした。




「じゃ、俺行って来るけど騒ぐなよー」

朝、立海の制服に着替えながら俺は昨日と同じように少し力を入れて香奈子の首を握った。昨日のように気絶をしていてくれれば騒がずにすむしいいだろう。そう思って昨日よりも少し強めに首を握った。また、香奈子の口からは小さなうめき声が聞こえて昨日のように直ぐに大人しくなった。
未だに慣れないネクタイを試行錯誤しながら結ぶと部屋の隅にあるラケットケースを背負って家を出た。

学校に行くまでの間、今日の授業は何があったか、とか飯なに食おーとかどうでもいいことばかり考えていたけれど自分の右の通路から出てきた人を視界に入れてしまって舌打ちをしたい衝動をがんばって抑えた。

「あっかやー!お前昨日香奈子と居たわけ?」
「そうっすけど、それがなんなんすか」
「うんうん、お取り込み中邪魔して悪かった!まさかそんな早くにうまくいってるとはなー!」
「……はあ?何言ってンスか丸井先輩」
「だから、香奈子の事!お前ら何があったか知んないけどさー、香奈子が赤也にちゃんと告白して本当の彼女になりたいって相談してきたんだよ」
「……え?」
「んで俺の彼女にも協力してもらって告白の言葉を考えたわけ!で、どうだった?香奈子の告白は!」


目の前が真っ暗になった。この人はなんて言ってるんだ、だって、昨日香奈子は言ったじゃないか、好きな人が出来たって。

スキナヒトガデキタンダ

その好きな人っていうのが俺じゃないのか、香奈子がこんな関係は終わりにしようと言ったのは、ちゃんとした恋人になりたかったからじゃないのか。

俺は無性に嬉しくなった。と同時に昨日したことを一気に悔やんだ。香奈子は今俺の部屋にいる。今更謝っても遅い、そんなのわかりきってるけど百面相をしている俺に呆然としている丸井先輩に鞄を預けて歩いてきた道を引き返した。少しずつ家に近づく度に胸が高鳴るのが感じられた。家に帰ったらまず謝ろう、酷いことしてごめん、疑ってごめん、って。そしてその後言うんだ、俺もお前が大好きだって。俺は玄関で靴を脱ぐのもめんどくさくって廊下の途中で脱ぎ捨てて部屋まで走った。
俺のベッドにはさっきまで寝ていた香奈子がまだいて、嬉しくってほころぶ頬を直しもせずに香奈子に飛びついた。愛しくて愛しくて仕方ない彼女を、壊さないように優しく抱きしめた。

「香奈子、昨日はごめんな!俺、勘違いしてた。嫉妬してたんだよ!!」

香奈子の首もとに顔をうずめて俺は叫んだ。

「丸井先輩から聞いたよ、俺も香奈子の事」

そこまでいって香奈子の顔を見つめた。香奈子のは目は焦点を定めておらずに白目がちになっていて、半開きの口からはだらしなく涎が垂れている。

「香奈子、もう驚かそうたってそうはいかねえぞ!」


俺は悪戯っぽく笑いながらベッドの上に放り出されている手を掴んだ。それはひんやりとしていて人間特有の温かさを感じなく、力なくだらんと垂れるのがわかった。
俺は全身から冷や汗が吹き出る感じがした。たちの悪い冗談だな、心の中でつぶやいた後、信じたくない一心で、いつものようにおどけて嘘だよ、っていう香奈子を待って、ゆっくりと目線を顔に戻した。







そこには昨日まで香奈子だった塊があった。



外では紅葉が




綺麗に赤く




染まりだしていたんだ



目を真っ赤に染めて充血した俺が最後に見た彼女の表情、それは笑顔なんかじゃなくって、

(違う違う違う)(俺はこんなことを望んだんじゃない、)